初めて人を雇う前に整えるべき労務手続き|社会保険・雇用契約・給与計算の基本サムネイル画像

初めて人を雇う前に整えるべき労務手続き|社会保険・雇用契約・給与計算の基本

吉本亘

吉本亘

「初めて従業員を雇いたいけれど、何から手を付ければよいか分からない」「社会保険は必ず入るのか、雇用契約書はどこまで必要なのか」と迷う方は少なくありません。特に創業直後や小規模事業では、採用そのものよりも手続きの整理が負担になりやすいです。この記事では、初めて人を雇う前に押さえたい労務手続きを、雇用条件、社会保険、給与計算の順に整理して解説します。

人を雇う前に、まず決めておきたいこと

雇用形態と勤務条件を先に固める

最初に決めたいのは、正社員・パート・有期契約などの雇用形態と、勤務日数、所定労働時間、賃金、残業の有無です。ここが曖昧だと、社会保険や雇用保険の加入判断、給与計算の方法もぶれやすくなります。特に雇用保険は、一般に週20時間以上働き、31日以上の雇用見込みがある労働者が加入対象です。反対に、この条件を満たさない短時間勤務なら、最初から手続きが変わることがあります。採用前に「どんな働き方をお願いするのか」を数字で決めることが、労務手続きの出発点です。

労働条件は書面で明示しておく

採用時には、賃金、労働時間、休日、契約期間などの労働条件を明示する必要があります。厚生労働省はモデル労働条件通知書を公表しており、2024年4月からは就業場所・業務の変更の範囲や、有期契約では更新上限の有無と内容など、追加で明示すべき事項も整理されています。一定事項は書面交付が必要で、労働者が希望すれば電子メール等での明示も認められます。初めての採用では、雇用契約書と労働条件通知書を分けるか一体化するかより、まず「後で言った・言わないにならない状態」を作ることが大切です。

社会保険・労働保険は、どこまで必要か

労災保険と雇用保険の基本

労災保険は、原則として労働者を1人でも使用すれば適用されます。アルバイトやパートでも対象になり得るため、「正社員ではないから不要」とは考えない方が安全です。あわせて、労働保険の成立手続きでは、保険関係成立届は原則10日以内、概算保険料申告書は原則50日以内が目安です。雇用保険の加入対象者を雇った場合は、資格取得届を雇入れ月の翌月10日までにハローワークへ提出します。初めての採用では、労災と雇用保険をひとまとめに「労働保険」として先に整理しておくと漏れにくくなります。

健康保険・厚生年金は法人と個人事業で違う

社会保険で迷いやすいのが、健康保険と厚生年金です。法人事業所は、事業主のみの場合を含めて原則適用事業所とされており、被保険者となる従業員を使用する場合は加入手続きが必要です。一方、個人事業所は、常時5人以上の従業員がいる一定の適用業種で原則加入となり、5人未満や非適用業種では扱いが異なります。加入対象者を採用したときは、被保険者資格取得届を5日以内に日本年金機構へ提出します。つまり、「人を雇ったら全員一律で社会保険加入」ではなく、法人か個人か、業種と人数はどうか、という順で確認するのが基本です。

給与計算は「払うこと」より「正しく控除すること」が大切

毎月の給与計算で押さえる流れ

給与計算は、単純に時給や月給を払えば終わりではありません。通常は、総支給額を出したうえで、社会保険料、雇用保険料、源泉所得税などを控除し、差引支給額を確定します。さらに勤怠の締め日、支給日、残業代の計算ルール、欠勤控除の有無も事前に揃えておかないと、毎月の処理が不安定になります。初めての採用では、就業ルールと給与計算ルールを別々に考えず、「労働時間の決め方」と「給与への反映方法」をセットで整えておく方が実務ではスムーズです。

源泉所得税の納付まで見ておく

給与を支払うと、事業主は源泉徴収義務者として、原則その支払月の翌月10日までに源泉所得税および復興特別所得税を納付する必要があります。給与の支給人員が常時10人未満なら、申請して承認を受けることで年2回にまとめて納付できる「納期の特例」も使えます。初めて人を雇う場面では、「給与明細を作れば終わり」と思いがちですが、実際は税金の納付まで含めて給与業務です。納期の特例を使うかどうかも、早めに決めておくと資金繰りと事務負担の両方を調整しやすくなります。

ポイント整理

初めての採用前チェックリスト

最低限、次の4点を先に揃えておくと、初回の採用実務はかなり進めやすくなります。

  • 雇用形態、勤務時間、賃金、残業の有無を決める
  • 労働条件通知書や雇用契約書で条件を明示する
  • 労災保険・雇用保険・社会保険の対象になるか確認する
  • 給与計算の締め日、支給日、源泉所得税の納付方法を決める

よくある勘違い

実務で多いのは、「パートなら保険手続きは不要」「給与計算は金額を決めて振り込めば終わり」「法人でも人数が少なければ社会保険は不要」といった誤解です。実際には、労災保険は雇用形態にかかわらず広く適用され、雇用保険は労働時間と雇用見込みで判断し、法人の社会保険は人数ではなく事業所の性質で確認します。初めての採用ほど、感覚ではなく制度の線引きで見ることが大切です。

よくある質問Q&A

Q1. アルバイトを1人雇うだけでも手続きは必要ですか?

必要になることがあります。労災保険は原則として労働者を1人でも使用すれば適用されますし、雇用保険も週20時間以上かつ31日以上の雇用見込みがあれば対象です。社会保険は法人か個人事業かで判断が分かれるため、雇用形態だけで不要と決めつけない方が安全です。

Q2. 残業をしてもらう予定があるなら、何か追加で必要ですか?

法定労働時間である原則1日8時間・週40時間を超えて働かせる場合や、法定休日に労働させる場合は、事前に36協定を締結し、所轄労働基準監督署へ届け出る必要があります。採用後に忙しくなってからでは遅れやすいため、残業が見込まれるなら採用前の段階で確認しておくと安心です。

まとめ

初めて人を雇うときは、採用そのものよりも、雇用条件の明示、保険の加入判断、給与計算と納付の流れを先に整えることが大切です。特に、法人と個人事業では社会保険の考え方が違い、雇用保険や源泉所得税には期限もあります。判断に迷う場合は、採用前の段階で一度整理しておくと、後の修正負担を減らしやすくなります。

吉本亘
執筆者:吉本亘
吉本亘(よしもととおる)税理士法人ビジョン・ナビ所属。入社以来、税理士補助として中小企業・個人事業主の月次処理や決算・申告関連のサポート業務に携わる。数字を「経営判断に使える形」に整えることを意識し、実務の現場で起こりやすい勘違いやつまずきポイントを、わかりやすく整理して伝えることを重視している。現在は業務と並行して、事務所ブログの企画・改善にも取り組んでいる。